2011年8月27日土曜日

IAISの「ALMイシューペーパー」を読む(16)

IAIS(保険監督者国際機構)作成の「ALMイシューペーパー」(「資産負債管理に関するイシューペーパー」(2006))を読む。<パラグラフ59からパラグラフ67>

パラグラフ59
5.資産負債管理の手法
本セクションでは、保険会社の資産負債管理にとって重要なさらなる考察事項やアプローチをいくつか記述する。保険会社が引き受け、晒されるリスクは絶えず変化している。内部リスク要因は、保険会社の財務目標、リスク許容度、および制約事項から生じる(訳注15)。外部リスク要因には、全般的な経済活動、金利、株式リターン、競争、法的環境、規制上の要件、および税務上の制約などが含まれるかもしれない。こうした要因は、特定の期間もしくは数年もの期間に渡って、必ずしも同じ大きさ、同じ方向に影響を与えるものではないが、資産負債両サイドに同時に影響を与える可能性がある。偶発要因によって影響を受けるこの動的環境は、保険会社の将来キャッシュフロー、貸借対照表価額(訳注16)、および真のリスクエクスポージャーに不確実性を生み出す。基礎をなすリスク要因が変化するにつれて、また、将来のキャッシュフローが現実のキャッシュフローに置き換わるにつれて、保険会社が直面するリスクは変化するだろう。
(訳注15)内部の制約事項には、リスク測定等の精緻さ、部門間の利害関係、システム対応状況などが挙げられる。
(訳注16)ここでの貸借対照表が財務会計上のものを指すかどうかは明記されていないが、資産負債管理という文脈からは経済価値ベースのバランスシートを対象にしていると考えられる。
財務目標などを(内部)リスク要因と呼んでいる。このリスクは何か経済的損失をこうむるというのでなく、資産負債管理に重大な影響を及ぼす、という意味であると思う。しかしこれは、保有契約の構成や、契約者の動向などを含まない。これらは資産負債管理に影響を及ぼすファクターというより、管理すべき対象その物であるからだろう。


パラグラフ60
保険会社には資産と負債(およびこれらの相互関係)に関連するリスクを管理するために、いくつかの選択肢が存在する。これらの選択肢にはリスクの保有、ヘッジ、再保険および商品管理が含まれる。使用される手法は、選択肢の有効性、相対的な費用や利用可能性、取引相手との関係とともに、保険会社の目標またはリスク許容度によって決まるだろう。特定の種類のリスク(例えば長期の再投資リスク)を吸収する市場の許容度は、時として限られている場合もある。
"選択肢にはリスクの保有、ヘッジ、再保険および商品管理が含まれる"とあるが、この後説明されるのは
・ヘッジ
・再保険
・資産負債セグメントにわたるマッチング
および、長いデュレーションの負債に関する考察である。


パラグラフ61
ヘッジ 
ヘッジは資産負債管理のプロセスにおいて重要な役割を果たし得る。ヘッジとは、一定のシナリオ群において他のポートフォリオのキャッシュフローを相殺することができるキャッシュフローを用いて、ポートフォリオを構築する手法である。保険会社は元のリスクを保持し続けるが、ヘッジは全体的なリスクの正味の減少をもたらす。ヘッジ手段(訳注17)としては、資産、負債、デリバティブ(例えば、オプション、先物、スワップ、先渡取引、スワップション、エキゾティックデリバティブ)が挙げられる。負債に期待されるキャッシュフローとマッチしたキャッシュフローを備えた資産は単純なヘッジとなる。
(訳注17)ヘッジをする対象となる資産または負債のことをヘッジ対象、ヘッジ対象に対してヘッジを提供する手段のことをヘッジ手段と呼ぶ。
ヘッジは分散投資、すなわち、相関が100%未満である複数のエクスポージャーを組み合わせて、全体のリスクを低減させる手法とは異なる。ヘッジはシステミックリスク、分散不能なリスクを削減するために利用可能な戦略である。
この書き方だと、再保険も"ヘッジ"に含んでいる気がする。含んでいたからといって構わないのだが。
「他のポートフォリオのキャッシュフローを相殺することができるキャッシュフローをもたらす資産または負債である」のように言ってしまえば、再保険契約自体は資産でも負債でもないから再保険を含まないと理解できるか?
責任準備金の再保険控除や、再保険関係のBS科目をどう解釈するか(それらはキャッシュフローを生んでいるのか)という問題が残るか。

基本的には、ここでの"ヘッジ"は市場リスクの低減を目的としたデリバティブのことを主に言っているのだろう。

訳注にヘッジ対象・ヘッジ手段の用語の使い分けがあるが、パラグラフ64ではさらにヘッジ手法という用語も出てくる。

ヘッジ対象:ヘッジをする対象となる資産または負債のこと
ヘッジ手段:ヘッジ対象に対してヘッジを提供する手段(オプション、先物、スワップなど)
ヘッジ手法:静的ヘッジ / 動的ヘッジ


パラグラフ62
ヘッジは以下のような目的でよく用いられる。
● システミックリスク、分散不能なリスク4を削減する
● オプションや最低保証のついた保険商品
4例えば、株式相場が下落したときに、同時期に多くの株式連動型契約の最低保証がインザマネーになるリスク(訳注18)
(訳注18)日本においては最低保証付きの変額保険および変額年金が該当する。
教科書的にはそう言われることは知っているが、実際はどんな感じなのだろう。かなりナイーブな話なので、公開されている資料で細かいものを見たことがなく、他社(生保業界以外も含めて)が何をどうやっているのか全然知らない。
そして当然私も、自分の勤めている会社ではどうなっているかはここには書けない。


パラグラフ63
ヘッジは取締役会によって承認された、適切なリスク管理方針の下に実行される必要がある。関連手続き5、経営情報および報告、ならびにシステムと統制が整っていなければならない。ヘッジ後のリスク特性は取締役会のリスク許容度を踏まえたものになっていなければならない。保険会社はヘッジや分散投資の信頼性や有効性を定期的に見直し、必要があればポートフォリオをリバランスしなければならない。ヘッジが実施される期間は変化させてもよいが、その期間は明示的に定義される必要がある。
5例えば、デリバティブプログラムの運営を成功させるには、内部モデルの使用が必要となるだろう。(訳注19)
(訳注19)内部モデルは、ヘッジプログラム構築の際と、事後的にその有効性を検証する際の両方に使えるものと考えられる。
ヘッジはその目的と有効性が伴って初めてヘッジなのであって、そうでなければただのデリバティブ等である。そこは常に明示的に示していくべきであるというのは技術以前の話だろう。

有効性の検証は内部モデルでおこなう事が必要とあるが、どのような内部モデルが必要かはこのペーパーでは言及されていない。


パラグラフ64
ヘッジを行う機会は、市場で何が利用可能かによって決まる。例えば、投資銀行を通じて特殊なオーダーメイドのパッケージを店頭取引(OTC)によって調達できる場合もある。ある監督区域において、ヘッジ機会の利用が出来ない場合には、他国でヘッジ機会を探す必要があるだろう。ヘッジ手法には静的ヘッジと動的ヘッジがある。
静的ヘッジ(固定、不変のヘッジを使用)
長所:求められる技量は比較的低い
短所:取引先に対する手数料が高く定期的な見直しや調整が必要

動的ヘッジ(市場環境が変わればヘッジポジションをリバランスする)
長所:リスクおよび収益管理の観点からは有効
短所:人員やシステムが準備され、対応可能であることを確かめるための試験期間が必要 オペレーショナルリスク、ベーシスリスク(訳注20)、摩擦コスト(訳注21)、変動が大きく流動性の無い市場においてモデルと一致するヘッジが不可能となるかもしれないリスクが高い

(訳注20)ヘッジ対象とヘッジ手段の価格変動の間に差異が生じること。
(訳注21)摩擦コストとは、取引コストや税金等のことを指す。
このあたりも、二者択一というのではなく、実務上は中間的な手法が取られるのだろう。


パラグラフ65
ヘッジは一部のリスクを減少させるが、以下のように他のリスクをもたらすかもしれない。
● 取引先のデフォルトへのエクスポージャーから生じる信用リスク
● ヘッジ手段に内在する商品の信用リスク
● ヘッジ手段が、ヘッジ対象のリスクと完全には逆相関しない場合には、不完全もしくは部分的なヘッジから生じるベーシスリスク。時には不完全なヘッジが、全体のリスクを増加させることもある。
● デリバティブを用いることによる市場リスク、特に非線形またはギア(レバレッジ)の効いた市場リスク
● デリバティブ取引において担保を差し入れることに起因する流動性リスク
1番目と2番目は取引先や商品にかかる信用リスク、3番目と5番目は理論上のヘッジと実際の商品によるヘッジの間の不一致によるリスクである。
4番目の意味がよく分からない。理論と実際が乖離した場合に、損害が大きいという意味だろうか。

理論上のヘッジと実際の商品によるヘッジの間の不一致という観点からは、ヘッジ取引自体がマーケットに影響を与えるというリスクや、会計上の取り扱いの差異、当局による資本や取引の規制、決済取引の自由度などもある。


パラグラフ66
監督当局は保険会社のヘッジプログラム66、必要な金融商品の利用可能性、この精緻な営みに従事する要員の経験や能力、および保険会社のヘッジプログラム運営の能力および有効性を精査すべきだろう。
6 これは既契約もしくは新契約に対して使用されるデリバティブに適用される。
"ヘッジプログラム66"というのは"ヘッジプログラム6"の誤植と思われる。

パラグラフ61では"ヘッジ手段としては、資産、負債、デリバティブが挙げられる"と言っているのに、ここではヘッジプログラムはデリバティブに対して適用されると言ってしまっている。
こういうあたり、用語等の定義や全体的な整合性についてなんか適当だなと感じてしまう。

それはともかく、取引内容だけでなく担当者等の能力までレビューしろと言っているのか・・・。


パラグラフ67
監督当局は、有効なヘッジのために必要となる量を超過するヘッジプログラム(例えば、市場リスクへのエクスポージャーがかなり増加する場合)を防ぐため、また保険会社によって使われる財務モデルにおける統制を浸透させるために、規制上の抑制措置(例えば追加の資本要件)を整備する必要があるだろう。
個人的には「リスクを減少させるためヘッジ取引を行ったら、追加で資本を拘束される」というのはなにか釈然としない。
勿論このパラグラフで言っているのはヘッジの有効性の度合いとセットなのは分かるが、100%有効なヘッジというものもなかなか存在しないので、多少なりとも追加資本を積むことになるのではないか。むしろ理論上は資本(あるいはリスク対応資産)を減らしてもいいはずなのである。

上のパラグラフで担当者等の能力までレビューすべきと言っていることとも併せて、ヘッジ取引について何をどう監督しようか手を出しあぐねているような印象を受ける。

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