2011年6月22日水曜日

IAISの「ALMイシューペーパー」を読む(14)

IAIS(保険監督者国際機構)作成の「ALMイシューペーパー」(「資産負債管理に関するイシューペーパー」(2006))を読む。<パラグラフ44からパラグラフ51>

パラグラフ44
決定論的シナリオテスト
不確かな将来のキャッシュフローを取り扱うために、資産負債管理はモデルの利用が必要である。決定論的モデルは少数のキャッシュフロー一式に基づいて将来の事業結果を予測する。得られた結果は、それらの特定のシナリオに対してのみ有効である。決定論的シナリオテストは、それらのシナリオが現在考えられている保険契約の種類をよく表しているならば十分とも考えられ、信頼できる資産負債管理の意思決定を後押しすることが出来る。
将来キャッシュフローのモデルはそれ自体がALMの手法というわけでなく、デュレーションなどを計算する元になるものである。
ここでは、将来キャッシュフローをどうALMに使用するかというよりは、デュレーションの計算などに使用するモデルはどうあるべきか、というようなことが書いてあるようだ。


パラグラフ45
もし、将来キャッシュフローが将来の経済環境に依存しているならば、確率的シナリオテストなどのより複雑なモデルが必要となる。(訳注11)
(訳注11)どのような保険商品でも多少は影響していると考えられるので、ここでいう「必要となる」状況は、依存の度合いおよびそれが財務状況に与える影響度によると考えられる。
訳注がもはやツッコミに近い。
しかし書きぶりを見るに、「いまさら決定論的シナリオで満足してたらだめだよ」という趣旨に思える。


パラグラフ46
確率的シナリオテスト
様々なシナリオの下で将来の予想キャッシュフローを見積もるために、シミュレーションに基づいた確率論的モデルが利用される。これらの手法を用いて、多数のシナリオが構成され、結果の統計的分布を得ることが可能となる。その結果から保険会社のポートフォリオにおけるリスクエクスポージャーを計測する。結果を分析することで、保険会社は異なる資産負債管理戦略を評価することが出来る。
"確率論的モデル"という用語を聞いたことがなくて、この文章で想像がつけば相当の異才だと思う。ともかく、いわゆる"確率論的モデル"が重要である。

"決定論的モデル"と"確率論的モデル"の違いなどはALMの本筋からは離れると思うので突っ込まないが、個人的にはこの名前の"論"と付いているのに違和感を感じる。
それに、シナリオの立て方がメインの違いだと思うので、"決定シナリオ"、"確率分布シナリオ"とかのほうが良くないかと思っている。
また、安直な訳語に拘る必要がなければ、"決定シナリオ"は"代表シナリオ"や"単一シナリオ"などのほうが自然に思う。


パラグラフ47
一般的にモデルの5要素は、
● 前提一式
● 確率論的シナリオ・ジェネレーター
● 財務シミュレータ(財務諸表数値の計算機能)
● オプティマイザー(最適化計算ツール)(訳注12)
● アウトプット
(訳注12)オプティマイザーの導入にあたっては、まず経営判断がオプティマイザーの目的関数に置き換えられるかが問題になるが、必ずしもそのような単純な経営判断をしなければならないということではない。また、特に長期の生命保険契約に対応する多期間オプティマイザーは、システム実装負荷の大きさからモデルの簡素化が要請されることがあること、長期であるがゆえのモデルリスクやパラメータリスクの大きさに起因するオプティマイズ結果の信頼性(実用性)、といった点を踏まえると、オプティマイザー導入をモデル開発の必須条件とすることには疑問がある。
以降のパラグラフでも解説されるが、この5要素が何の事かは分かりにくい。
前提一式:個々のシナリオの元になる確率分布
確率論的シナリオ・ジェネレーター:前提一式に従って個々のシナリオを作成する
財務シミュレータ:個々のシナリオに従って、将来キャッシュフローを作成する
オプティマイザー:将来キャッシュフローの判定条件/評価の指標
アウトプット:全てのシナリオの将来キャッシュフロー・オプティマイザーのサマリーを作成
という一連の流れを指していると考えて良さそうだ。

文脈によっては、「前提一式+確率論的シナリオ・ジェネレーター」を前提とかシナリオと呼んだり、財務シミュレータのことをモデルと呼んだり、「オプティマイザー+アウトプット」をアウトプットと呼んだりもするだろう。

保有契約のセットは前提一式に入れるのだろうか。


パラグラフ48
前提一式には、金利や為替レートの変動、流動性状態の変化、経済の動向や起こりえる市場事象といった一般的な経済上の前提を含む。また、保険料水準やモデル化された資産の変動に関連する経営の対応とコントロール(例えば、明確に定められた配当方針)の影響など、保険会社の事業に関する前提も含みうる。それらの前提の関連性や信頼性に特に注意が払われなければならない。
明確には書かれていないが、金利に連動した動的解約率なども重要であると思う。


パラグラフ49
確率論的シナリオ・ジェネレーターは前提に基づいたシナリオを構築し、その後そのシナリオは財務シミュレータによって財務上の値に変換され、結果が作成される前にオプティマイザーによって選択、評価される。(訳注13)
(訳注13)オプティマイザーを必須要件とすることには疑問がある(パラグラフ47についてのコメント参照)。
原文では
The stochastic scenario generator develops scenarios based on the assumptions made which are then transformed by the financial calculator into financial results, which are selected and assessed by the optimizer before the output is produced.
となっており、「結果が作成される前にオプティマイザーによって選択、評価される」は「オプティマイザーによって選択、評価され、アウトプットが作成される」とした方が分かりやすいか。
何が違うと言いたいかというと、パラグラフ47で"アウトプット"を用語として導入しているのだから、それを"結果"と言い換えないほうが誤解が少ないということ。ぼくは最初、キャッシュフローが作成される前にオプティマイザーが働くのかと思った。


パラグラフ50
確率論的モデルは、確率過程を資産、負債同時に適用する。それらのモデルは、保険会社が想定した市場環境において様々な新しい商品の財政状態に対する影響を調査することを可能にし、商品設計に役立つ。
シナリオジェネレーターでシナリオを作ってから計算するのなら、確率過程ではない気がするが・・・。


パラグラフ51
確率論的手法には限界がある。基礎となる確率分布は慎重に選ばなければならない。裾部分については、モデルの表現力が低くなっていることも考えられるので、依存性の検証をすることも適切と考えられる。これは、例えば、利用される分布の裾の大きさや形に自由度を持たせることで得られるかもしれない。その他の難点としては、モデルのキャリブレーションとバリデーション、および結果の解釈に困難が伴う可能性がある。
裾部分について。シナリオの数が100本くらいだと、1%未満の事象などは起こらなかったりするのだ。10万本、100万本のシナリオというのは現実的ではないし、極値的な話にはまだまだ弱い。

結果の解釈に加えて、経営陣等への説明が難しいという問題もある。バリデーション(作業ミスのチェックも含む)の難しさと併せて、これらはマンパワー・マシンパワー・所要時間の問題にも結びつく。

ここには書いていないが、計算負荷の問題は大きい。
通常、1セット計算を行うだけでも数百~数万通りの将来キャッシュフローを計算することになる。別の前提を使った試算も行うなら更にその数倍の計算量になる。
それらの作業ミスのチェック、モデルのエラーのチェック、その他のバリデーションや水準の妥当性の検証などを行うが、おそらく手元にあるのは数百~数万通りの将来キャッシュフローのサマリーなので、この作業はとても難しい。
この検証で誤りが見つかった場合、あるいは別の前提を使うべきであると判断された場合、またその膨大なキャッシュフロー計算をやり直すことになる。
そうやってようやくできたアウトプットを経営陣に説明するため、決定論的なキャッシュフローと比べても多くの分析資料・説明資料を作成する必要がある。
そしてこれらの作業には、期限がある。

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